【原書で読むタイ文学】『2475 นักเขียนผีแห่งสยาม』(2475:シャムのゴーストライター)

 

「古いものは必ず衰退し、新しいものに向かう。無常の理だ」(p.411)
“สิ่งเก่าจักต้องเสื่อมสลายสู่สิ่งใหม่เป็นอนิจจัง”

 

1932年(仏暦2475年)、当時シャム(สยาม)と呼ばれたタイで立憲革命が成し遂げられた。絶対王政から立憲君主制へと移行した政変である。革命を主導したのは人民党(คณะราษฎร)で、中心メンバーはフランス留学から帰国した三十代の官僚や軍人であった。

 

今回紹介する『2475:シャムのゴーストライター』(2475 นักเขียนผีแห่งสยาม)は、立憲革命前夜にペンの力で信念を貫いた女性校閲者を描いたグラフィック・ノベルである。

 

目次の次には注記があり「本書は歴史上の人物や出来事からインスピレーションを得たフィクションにすぎない」と書かれている。そして作中に書かれた実在人物や出来事が列記され、さらには「その他の登場人物や出来事はすべて、物語の時代背景に即した歴史的資料や史実を参考にして、著者の想像によって創作されたのものである」と明記されている。

 

作中の実在人物や出来事として挙げられているのは以下のとおりである。

 

プリーディー・パノムヨン/プレーク・ピブーンソンクラーム/人民党、フランス留学生グループ、陸軍グループ、海軍グループ/ナコーンサワン親王警察局長官/カナン

 

フランスにおける人民党会議/第二回人民党会議/チャクリー王朝150周年記念行事/政変の日

 

冒頭に引用したのは、立憲革命が実行される直前に作中の人民党指導者プリーディーが発した言葉である。1932年以降、立憲君主制を維持して今日にいたるが、「王室、軍部、官僚勢力が政治権力を掌握する『国王を元首とする民主主義政体』」*1であり民主化の途上にあるタイ社会にとって本書が現代に生まれた意義は大きい。2020年の民主化デモを背景として生まれた作品でもある。著者をはじめ制作に関わった有志が抱えるリスクを想像すると、この注記は表現の自由を守るために必要なものなのだろう。

 

民主派の新聞社で校閲者として働く主人公ニパーが身につけている一本の万年筆がある。父の形見である。軍と協力し上流階級の権力を打倒する憲法を起草した反逆罪で捕えられ、収監中に結核で亡くなった父親である。形見のペンと、父と交わした作家になるという約束はニパーの心の支えとなり、様々な困難に立ち向かう力となる。

 

ニパーは校閲をしながら同新聞の社説のゴーストライターも引き受けていた。そしてある出来事がきっかけで、枢密院顧問官が編集長を務める文芸誌に物語や女性の権利についてのコラムを寄稿することになる。一方、法律の道に進んだニパーの弟アルンは人民党に協力しており、絶対王政の打倒に燃えている。なぜ父の革命組織は失敗に終わったのか。ニパーが出した答えは、自分が人民党のスパイとなって、文芸誌の仕事で得た政府の情報を彼らに渡すことだった。

 

読者は主人公ニパーの眼を通して1930年代のタイの雰囲気を実感する。そしてニパーという一市民であり、女性であり、新聞社で働く立場から立憲革命を体験することそのものが、読者にとって貴重な経験となる。

 

原作者であり作画も担当したサアートの線は細くて速い。細い線が集まり、登場人物が自然と動きだす。ニパーが目の当たりにする社会の不平等、不公正は切実なものとして身に迫る。その中でも心を揺さぶるのは「顔」だ。悔しい顔、絶望の顔、勝負の顔、決意の顔。真実を求めて進むニパーの表情のひと線ひと線が迫力に満ちている。

 

バンコクのKINJAI CONTEMPORARYで2025年2月15日から3月16日まで催されたサアートの個展「2475 Graphic Novel Exhibition:希望をかく」(2475 Graphic Novel Exhibition: เขียนความหวัง)において、本書の原画や執筆道具が公開された。Gペンと呼ばれるペン先が、作業机を再現した場所に無造作に散らばっていた。原画をじっと見つめていると、線の強弱がはっきりと見えてくる。一本のペンに託した想いは、ニパーから誰かに、そしてまた誰かにつながり、サアートにつながり、次の誰かにつながっていくのだろう。

 

KINJAI CONTEMPORARYで開催されたサアートの個展「2475 Graphic Novel Exhibition:希望をかく」入り口の横断幕

 

最後に、ニパーの言葉を引用したい。

 

「お父さんの夢は受け継がれていく。タクローをパスしてつないでいくみたいにね。そうしてつなぐ人が増えていけば、いつの日かお父さんの夢は叶うのよ」(p.433)
“ความฝันของพ่อก็จะถูกส่งต่อไป เหมือนช่วยกันเดาะตะกร้อส่งไปเรื่อยๆ อ่ะ แล้วพอมีคนมาช่วยสานต่อมากเข้าๆ วันหนึ่งฝันของพ่อก็จะสำเร็จได้ไง”

 

2025年4月現在、邦訳はありません。日本で原書を読みたい方は、(TT) pressから購入することができます。

 

ttpress.base.shop

 

【原書の書誌情報】

書名:『2475:シャムのゴーストライター』(2475 นักเขียนผีแห่งสยาม)
原作:サアート(สะอาด)、パチャラクリット・トーイム(พชรกฤษณ์ โตอิ้ม)
作画:サアート(สะอาด)
出版社:ドゥワンコミックス(ด้วงคอมิกส์)
ページ数:472
価格:450バーツ
初版:2023年(第2刷:2024年)

 

【参考文献】

สะอาด, พชรกฤษณ์ โตอิ้ม. 2475 นักเขียนผีแห่งสยาม, ด้วงคอมิกส์, 2566

外山文子(2024)「民主主義がうまくいかない理由──タイ政治では何が起きているのか?」SYNODOS.

https://synodos.jp/opinion/international/29050/(参照:2025410日)

*1:外山文子(2024)「民主主義がうまくいかない理由──タイ政治では何が起きているのか?」

ぎゃくさんかくと火色の編棒

四歳の娘がK2(日本でいえば年少クラス)を修了し、先週から夏休みを過ごしている。その初日、娘と私は朝からプリント学習に励んでいた。さて、もんだいです。

 

ひだりから4ばんめに◎を、みぎから8ばんめに▽をかきましょう。

 

娘は「▽」の読み方を聞く。私は「ぎゃくさんかく」と答える。その瞬間、娘の顔がぱあっと輝いた。かと思うと、あはははは、あははははの笑いの嵐。「どうしたの」と尋ねると「ぎゃくっておもしろい」と腹を抱えている。

 

あ、これは、冬野虹の俳句に触れたときの感覚に近いかもしれない。

 

四ッ谷龍編『編棒を火の色に替えてから 冬野虹詩文集』は去年から常に目の届くところに置いて、くりかえし開いている本である。虹さんの言葉は、生の源流を照らす火のようだと思う。読むたびに私の世界は光と影が交錯し、生きることの無常と記憶のぬくもりに包まれていく。

 

夏の川見てゐる我が流れ着く

読者それぞれに「夏の川」があると思う。私の川は、水俣川。小さい私は浮き輪にすっぽりはまり、伸びた綱を祖父が岩場に立って引いている。不知火海にはまだ遠く、水は岩から岩へと狙うように勢いよく流れていく。夏の暑い日にひやりと肌に染む水を感じながら「見てゐる」のは「我」なのか「川」なのかと考えているうちに、「夏」「川」「我」「流れ」の頭韻「あ」の反響が水の勢いを後押しするかのように「我」を流していく。私は大きな自然にのまれ流され、どこかにだどり着いた。いったいその場所はどこなのだろう。それは私の未来だと思う。端的に言って、死だ。私はいつかどこかに流れ着く。川は変わらず流れつづける。その怖さのために、我々は流されていることに気づかぬふりをして、川を見る側でいようとするのかもしれない。虹さんは生と死を現象として詠み、読者の過去を、現在と未来につないでいる。記憶と時間が未来に伸びていくような句であると思う。

 

佃煮の皿に夕陽の跡がある

井伏鱒二の『厄除け詩集』に、水たまりにこぼれ落ちたつくだ煮の小魚の、命の跡を詠んだ詩がある。その詩と虹さんの句が薄く重なり、私の眼前にはあめ色の佃煮がのった皿が置かれている。「夕陽の跡」に内包されている時間が佃煮の過去を呼んでくる。佃煮と夕陽。二つをつなぐのは「皿」と「跡」の頭韻「あ」と、「佃煮の」「夕陽の」の修飾「の」である。また、つやのあるあめ色も双方を視覚的に結んでいる。言葉を列にして眺めていると、佃煮と夕陽の間に皿があることに気づく。いただく命と自然の間に人がいるように見えてくる。「佃煮の皿」を見ているのも「夕陽の跡」を見ているのも人間だ。人はいつも何かの間に立っているのかもしれない。この句の一語一語の離れがたさが、生きることそのものを表しているようである。

 

おかえりの声なだらかに綿ぼこり

おかえりの声はいつでもあたたかい。家の奥から聞こえる母の「おかえり」と、帰ってきた家族に「おかえり」と言う私の声が響く。この句の見どころはやはり、声が目に見えるところだろう。「おかえりの声」が「綿ぼこり」を映している。「おかえり」という四文字が言ったほうから言われたほうに「なだらかに」伝い、ふわふわと落ちてくる。「なだらか」なのは伝い方とも考えられるし、「おかえり」という音程とも言えよう。声を視覚的に書いた作家に、プルーストがいる。『失われた時を求めて』第一篇「スワン家のほうへ」で主人公がゆくりなくも聞いた「ジルベルト」という少女の名前は「緑色のホースの穴からほとばしる水のようにするどく冷たい調子で発せられて、それが通りすぎた澄み切った空間を虹色に染め」た。またある時には「発せられてからカーブを描いて」主人公の傍らを通りすぎ、「天井からひととき、子どもたちや女中たちの間に降りてきたその名前は、洗練を極めて小さな雲のかたち」となった。虹さんもプルーストも、声はなだらかな曲線をなぞり頭上にたゆたう。この句を初めて読んだとき、「おかえり」という声が聞こえて、見えて、軽くなって、私はぬくもりの記憶に包まれていった。まるで命のリレーをしているように。

 

虹さんの編棒はひと目、ひと目、繊細に大胆に動く。読者は全身の感覚を研ぎ澄ませ、その編み目を拾い、自分なりに編まなければならない。ときには戻り、ときには解き。言葉は読むほどに響き合い、言葉と言葉の結びつきは読者自身の記憶と経験によって縒り合わさっていく。娘は「ぎゃくさんかく」という言葉に出会い、世界が突然、逆さになった。いままで「三角」しかなかった世界に「逆」という概念が生まれ、その変化を喜んだ。冬野虹の俳句に触れるとき、見たことも聞いたこともない言葉の姿が現れ、私の世界は崩れ、造り変えられていくような感覚がある。冬野虹という人の編棒は、照らされたことのない場所を照らし、見えていた場所を影にする。その変化は、魂が震えるほど幸せな喜びである。

 

あなたが編棒を火の色に替えたから。

 

【参考文献】

井伏鱒二(1977)『厄除け詩集』筑摩書房.

四ッ谷龍編(2024)『編棒を火の色に替えてから 冬野虹詩文集』素粒社.

マルセル・プルースト著、高遠弘美訳(2010)『失われた時を求めて1』光文社.

マルセル・プルースト著、高遠弘美(2011)失われた時を求めて2』光文社.

【原書で読むタイ文学】『LUNAR LUNATIC คุณคือดวงจันทร์ ฉันสิคนบ้า』(チャットラウィー・セーンタニットサック)

 熱心な読書家でなくとも、中島敦の変身譚『山月記』の李徴が発狂して虎になったことを憶えている人は少なくないだろう。月を仰ぎ咆哮する哀しき姿は、何度読んでもその度に新しく描かれる絵画のような結末である。李徴は友に告白し、虎になったのは「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」の所為だと言うが、SNS利用の加速とともに他者の視線を過剰に意識するようになった現代の私たちが読むと、芸術を志した李徴の嘆きは身に迫るものとして映るのではなかろうか。あなたは自分が虎になる可能性を完全に否定できるだろうか。

 チャットラウィー・セーンタニットサックの『LUNAR LUNATIC』は自分でもまだ気がついていない狂気に出会うきっかけになるかもしれない。『LUNAR LUNATIC』は月と狂人をモチーフにした十五篇からなる掌篇小説である。副題の「あなたは月、私は狂人」(คุณคือดวงจันทร์ ฉันสิคนบ้า)は各篇が「私」と「あなた」の関係性から生じる狂気を描いていることを表している。十五篇中十二篇が「私」の一人称、残り二篇は「彼女」と「彼」、一篇は「チャン」と「カーン」を中心に進む三人称である。主人公は概ね二十代の女性と推定して大きく外れはないだろう。タイでは二〇一七年に刊行されてから若い読者を中心に話題になり増刷を続けている掌篇集である。

 まずは各篇のタイトルを見てみよう。

 

「クレーターで眠ろう」(จะมีหลุมดวงจันทร์เป็นรังนอน)

「月はだれ?狂人はだれ?」(ใครคือดวงจันทร์ ใครกันคนบ้า) 

「ブランケットの下には雲が広がる」(ใต้ผืนผ้าห่มมีเมฆมาก) 

「雨夜とマスタード色のレインコート」(คืนฝนตกและเสื้อกันฝนสีมัสตาร์ด) 

「最後に誰もいなかったら、カモメになろう」(หากสุดท้ายแล้วไม่มีใคร จะไปเป็นนกนางนวล

「魂の憩う場所で」(ณ แหล่งพักพิงของวิญญาณ

「火星から金星までの距離」(ระยะทางจากดาวอังคารถึงดาวศุกร์

「クレメンタイン色の乱れた長髪」(ผมยาวยุ่งสีส้มคลีเมนไทน์

月食」(จันทรุปราคา

「水面に映るもうひとつの月」(บนผืนน้ำมีจันทร์อีกดวง

「フィルムの上の暗黒の帯に捧ぐ」(แด่แถบดำทึบบนแผ่นฟิล์ม

「悲しき女性の特製ドリンク」(เครื่องดื่มปรุงพิเศษของหญิงสาวแสนโศก

「そのインクまみれの針で私を刺して」(จงเอาเข็มเปื้อนหมึกนั้นทิ่มแทงฉัน

「無意識の宇宙」(จักรวาลใต้สำนึก

「狂人たちの世界」(คือโลกของคนวิปลาส

 

月と狂気が交錯するタイトルが並ぶ。一篇三、四ページのごく短い作品であるが、一瞬にして世界に引き込まれる書き出しが魅力的なので、いくつか挙げてみよう。

 

子どもの頃から、誰も私と目を合わせようとしないのは、私がピーガ*の孫娘だからだ。

──「魂の憩う場所で」

 

その姿は、すべての望みが絶えたかのように泣き叫ぶ、二十五歳の老け込んだ女性だ。

──「月食

 

『その子、中二で妊娠したのよ』母は夕食用に揚げる魚の身に切れ目を入れながら言う。

──「水面に映るもうひとつの月」

 

*ピーガ(ผีกะ)……北タイの精霊信仰にみられる悪霊。ピーガは人間に憑く霊で、ピーガの所有者に接触すると伝染することがある。また、所有者は「眼が異常にきらきら光る」(梶原, 1983)という。

 

 「魂の憩う場所で」の「私がピーガの孫娘だからだ」という衝撃的な書き出しは、精霊信仰という文化的背景が「私」の告白をいっそう重要なものとして認識させ、物語全体に不穏な影を落としている。祖母は自身の内に悪霊を養っているために周りから忌み嫌われ暮らしていたが、キリスト教徒のニコラス一家が引っ越してきて状況が一変する。祖母の手料理に舌鼓を打つ一家は祖母がピーガであることなど歯牙にもかけず、ついに料理番として雇うほど祖母の味を愛している。「祖母の中に入っているものもまた祖母なのだ」と一貫して祖母への愛情を示す「私」はニコラスを好意的に捉えているが、彼の眼の中に何かを見る。狂人は誰なのか。ひとりの人間が、ある人にとっては狂人に映り、また別の人にとっては天使のような存在かもしれない。狂気の表裏一体の性質をひやりとする怪談的仕掛けによって炙りだした一篇。

 「月食」の書き出しも面白い。「二十五歳」と「老け込んだ女性」という奇妙な組み合わせは、次を読まずにはいられない。その女性「チャン」の自殺をめぐり、彼女と親しかった「カーン」がその原因について思いを巡らす話であるが、自殺というある種の狂気の背景は考えれば考えるほど謎が深まり、かえって「チャン」の生き生きとした言葉がよみがえってくる。誰も彼女の狂気を理解することはできない。「月」という意味の「チャン」と「愛される」という意味の「カーン」をつなげると「チャントラカーン」という複合語になり「月に愛されるもの」という意味になるのも面白い。

 「水面に映るもうひとつの月」は、会話の途中から始まっている。「その子」は、本来「彼」「彼女」の意味で使う三人称代名詞「เขา」から訳したが、その直後を読むと「私」が既にその「彼女」話題にしていることがわかる。母は学校教師で、「その子」は生徒である。ほとんどが「私」と母の会話で成立しているこの掌篇にぴったりな書き出しだ。わずか三ページの物語だが、読者は社会的な教育格差あるいは経済格差を目の当たりにする。「じゃあ、その子が妊娠したってわかったとき、お母さんは叱ったの」「叱ったところで何になるの。中絶させるっていうの?」母の諦念した言葉とその後につづく「私」の一言が重い。

 

 三篇の書き出しとあらすじから、チャットラウィーの独特な感性の光に照らされた言葉の魅力が少しでも伝わっただろうか。本書には、著者の鋭敏な感覚から生まれた言葉ひとつひとつを吟味し、「狂気」という鍵を使って寓話を読み解いていく知的な楽しみがある。

 若い読者にとっては、自身がいま感じている不安や疑念が物語の狂気的エッセンスと共鳴するかもしれない。この掌篇集は、一九九〇年生まれの著者が二十五歳から二十六歳にかけて書いた作品群であり、主人公も概ね二十代の女性であることから、現代に生きる二十代特有の感情の機微に触れる瞬間も多い。しかし上述の三篇を見てもわかるように、本書の根底にあるのは人間理解への眼差しである。十五篇を通して、狂気に接した人間を様々な方向から照らし、その様相を捉えようとする。その試みが根底にあるからこそ、その光は読者の人生のある場所に通じている。

 一篇が短すぎるという批判があるとしたら、それはまったく的を得ていない。「私」もしくは「彼女」の人生のある時期を切り取っているからこそ、描かれていない前後に想像の余地があり、さらには十五篇を通して「狂人」という絵画を読者がコラージュしていく面白さがある。この短さでかくも読者に余韻があるのは、筆力のなせる技である。

 手のひらサイズ、厚さ6mm、コラージュアーティストとして注目を集めるナックロップ・ムーンマーナットの素敵な装幀と挿画。この小さな一冊の中に拡がる宇宙は果てしない。チャットラウィーの繊細な世界に響く言葉を存分に味わえる一冊である。

 

【日本語訳について】

 「クレーターで眠ろう」(福冨渉訳)を読むことができます。福冨先生の個人サイトに掲載されています(下記リンク参照)。

 また、福冨先生のZINE『はじめてのタイ文学2021』に、チャットラウィーの短編「花、ドア、花びん、砂、大きな木」(ดอกไม้ ประตู แจกัน ดินทราย ต้นไม้ใหญ่)の翻訳があります。現在、日本語で読めるチャットラウィーはこの二作品のみです(2025年3月現在)。

 

www.shofukutomi.info

 

【原書の書誌情報】

書名:LUNAR LUNATIC คุณคือดวงจันทร์ ฉันสิคนบ้า
著者:チャットラウィー・セーンタニットサック(ฉัตรรวี เสนธนิสศักดิ์)
装幀・挿画:ナックロップ・ムーンマーナット(นักรบ มูลมานัส)
出版社:P.S.
ページ数:96
価格:170バーツ
初版:2017年(第7刷:2023年)

 

【参考文献】

ฉัตรรวี เสนธนิสศักดิ์. LUNAR LUNATIC : คุณคือดวงจันทร์ ฉันสิคนบ้า, P.S., 2560

梶原景昭(1983)「北タイ祖霊信仰覚え書」『東洋文化研究所紀要』93巻, p.67-95.

中島敦(1969)『李陵・山月記』新潮社.

クンパカン、川を堰き止める!

十二月二日土曜日の午後、「コーン」というタイの仮面劇を観に行く。タイ文化センターの二千席のメインホールは満席だった。観客は小学生から高齢の方まで幅広く、ほとんどがタイ人である。華やかな民族衣装に身を包んだ人もいて、私も来年は挑戦してみようかしらなどと思いながら外で開演を待つ間、ホール前の通路に並んだ出店を物色する。風が吹いている。この時期、タイはとても過ごしやすい。肌を掠める風は日本の秋風を思わせ、早朝は肌寒ささえ感じる。出店と反対側に石のベンチがずらーっと続いていて、カオカームー(豚足煮込みかけご飯)やカオムーデーン(焼き豚のせご飯)を食べている人が目に入ってくる。このエネルギーが鑑賞にもれなく使われるのだと考えていると、劇に対する期待がにわかに膨らんでいく。ロンガンジュースを買って飲んで一息ついて、写真撮影スポットをひと通りまわってから、開演十五分前に座席に着く。

前後左右ともほぼ中央の席に座ると、舞台左右にそれぞれ配置された演奏衆が既に始めている。左も右も同じように配列されているようで、前列に歌唱隊、その後ろ三列が楽器隊である。シリキット王太后が「コーン」の維持と次世代への継承のために全面的に支援している今回の舞台は、二〇〇七年の開催よりほとんど毎年、ラーマ九世逝去にともなう自粛やコロナ自粛を除いて、継続されている。演目はシリキット王太后が毎年自らお選びになるそうだ。「コーン」は古代インドの叙事詩『ラーマヤナ』をもとにした『ラーマキエン』というタイの叙事詩から任意の場面が選ばれる。今年は「クンパカン、川を堰き止める」という演目で、トッサカンがクンパカンに川の堰き止めの命令を下すところから、クンパカンがラーマ王子の矢に死すところまでが演じられた。ちなみに『ラーマヤナ』にはサンスクリット語から日本語に翻訳した全訳があるが、『ラーマキエン』には未だ全訳は存在しない。

さて、「コーン」のなかで大人気の登場人物と言えば、ハヌマーンでしょう。今回の舞台でも、ハヌマーンがクンパカンの女官に変身して舞う場面で、猿であることを隠せない動きがどうしてもあちらこちらに出てしまうところが、一番の笑い所だったのではないかと思う。白地で金糸の映える仮面に軽快な動きで強くお茶目なハヌマーンは「コーン」に欠かせない。観客は絶えず笑い所と拍手所に出会おうとしている。物語に浸かりながら、一方では舞台装置やアロバットな演出に拍手と歓声で成功を祝う。複雑な古典芸能であるはずなのに、なんと柔軟な態度だろう。企画側の演出も相当に頭が柔らかいことも言っておかねばなるまい。例えば、舞台背景の水中を動きのある映像にして、巨大なクンパカンは実体のある豪奢な造り物、そこに宙づりの人間ハヌマーンが泳ぐ。物語の器は堅牢であると思わずにはいられない。古典は受け手を含めた我々によって新しくなりつづける。

現代の「コーン」は、最新技術を融合させつつも人間の身体芸術の可能性に集約していく。指の先が手の甲に触れるほど反り返った手つき、時計の秒針が通常の倍の時間をかけて進んでいるかのような錯覚を受ける優美な踊り、足を踏み鳴らし剣や矢を振り回して舞台上を駆けめぐる躍動といった定番の見せ所でも、やはり演者と観客にとってはその場限りの芸術体験である。大衆の精神に馴染んだ『ラーマキエン』の物語に支えられた鑑賞精神ゆえか、観客は上手に甘く、下手に厳しい。素直である。まわりまわって、タイの土着的な思想を取り入れ発展してきた『ラーマキエン』という物語の拡がりと奥深さを観客のなかに見たような気がする。

「このようにみごとな世界があるのに、どうしてそれをすこしも味わわずにやりすごすことができるのか」──リルケ『マルテの手記』(高安国世訳)」

 

「そう、要するに人々は生きるためにこのパリにやってくる。だがぼくには、むしろここでは何もかもが死んでゆくように思えてならない」

 

高遠弘美先生の『プルースト研究─言葉の森のなかへ─』*1に小説の書き出しについての論考があり、リルケの『マルテの手記』の書き出しには高安国世訳が選ばれている。二十八歳の孤独な詩人マルテの不安と緊張と意志が渦巻いて、その中心に立たされた読者は身動きができない。しかし、その悲しさのなかで美しささえ纏う歌のようなこの日本語は、これから告白される散りばめられた挑戦ともいえる断片を予感させ、それらを拾い集めると行き着くところへ読者を強烈に誘っている。

 

子どものころに読んだ本に挟まれていた「細い栞のひも」を思い出し、そのひもの役割から読書人の現実生活を想像すれば 、「なんと言っても本は結局は生活とは言えないのだから」とふっと洩らすマルテの冷静な目は、言葉のみを崇拝しているわけでないことの証である。マルテは、言葉の意味の不確実性を認めたうえで、経験による言葉の獲得を求めている。その実践こそが手記を書くことであり、孤独への対処であった。

 

「ああ、だが詩というものは、若いころに書いたものにろくなものはない。それには待つということが大切だ。そうして一生かかって、それもたぶん長い一生を倦まずたゆまず意味と甘味とを集めねばならない。その果てにようやくたぶん十行の良い詩を書くことができるのであろう。なぜなら、詩はひとの言うように感情ではない(感情ならはじめから十分あるわけだ)、──それは経験なのだ。一行の詩句を得るためには、たくさんの都会を、人間を、物を見なければならない。けものたちを知り、鳥の飛び方を感じ取り、朝小さな草花のひらく身ぶりを知らなければならない」

 

孤独で壁を築き世界を閉ざしていては、その言葉には到達することはできない。「自分を失わず、自分の存在の意義をひたすら求める者」であることに耐え続け、乗り越えることが経験であり、そうして詩の糧になる。

 

「ぼくは見ることを学んでいる」と冒頭に書いたマルテは、たとえば「貴婦人と一角獣」の壁掛けやレース細工をどのように見ているか詳細に書いてくれた。読者はマルテの目になり、一つひとつ確認し、想像し、「見る」ことの広さと深さ、物の緊密さと残酷さを知る。

 

私が詩人でなくとも、1910年に生きていた人間でなくとも、マルテが目指したもの、その過程としてのこの手記の健闘には価値がある。なにも高尚なことではない。孤独な生を受け入れ、諦めないこと。私の住む街、出会う人、通りすがりの小鳥や草花、それらすべてをきちんと見たいと思う。そして、リルケの詩集を手にとりたいと思う。

*1:高遠弘美プルースト研究─言葉の森のなかへ─』1999年、駿河台出版社

再読のできる本を発見するよろこび

 

私の好きな『モンテ・クリスト伯』を翻訳した山内義雄の「二十余年折にふれ坐右はなれぬ書物の一つ」*1として挙げられるマルセル・プルーストの『楽しみと日々』は、1896年にプルーストが初めて世に出した作品集である。二十代前半に書かれた短編小説、散文、詩をまとめたもので、その詩の一部に曲をつけたレーナルド・アーンの楽譜、マドレーヌ・ルメールの挿絵、アナトール・フランスの序文に飾られた初版豪華本は、プルーストが『失われた時を求めて』を書いたことによって発掘されるまで、長らく読者が限られていた。

ガリマール社から普及版が刊行されたのはプルーストの死の二年後、1924年である。ガリマール社といえばアンドレ・ジッド。「スワン家のほうへ」を読みもせずに出版を拒否したのも、『楽しみと日々』再評価の一役を担ったのも、ジッドであった。ジッドはプルーストの追悼特集に「『楽しみと日々』を読み返して」という批評を寄せた。『楽しみと日々』のなかに、当時まだ刊行途中であった『失われた時を求めて』を見出し、「後になってあの長大な小説で輝かしく咲き誇るものはみな、この本の方では発生期の姿で示されている」*2と評している。たしかに『失われた時を求めて』で描かれるいくつかのモチーフを見つけることは容易く、それを蕾や萌芽だと言いたくなるのはもっともだ。いま、私たちが文庫で『楽しみと日々』を読めるのも、きっと彼のおかげである。ありがとう、ジッド。

それでも、一介の読者である私なんかは、『楽しみと日々』はそういう読み方をしていて愉しめるものなのだろうかと、つい言いたくなる。プルーストに「長大な」という前置きを改めたくなるほど、感性と言葉を極めたプルースト色の作品群のように思えるからだ。若さのもつ限りのない好奇心に適した容れ物としての短編、散文、詩であり、それらは二十歳のプルーストにとって最良の選択だった。この容れ物は、『失われた時を求めて』には求められないある種の緊密さと大胆さを生み出し、一文一文のつながりを丁寧にたどっていくと、あっと驚く着地に気づくだろう。人称、視点、題材の豊かさは、万華鏡のように予測の効かない模様を次々と映し出し、プルーストの眼を通して見る世界の複雑さに 、表現としての繊細な言葉に心動かされるだろう。

レーナルド・アーンは「散歩」という回想録に、長い間じっと薔薇を見つめるプルーストのことを「自然と芸術と人生と完全に交感する神秘の瞬間」*3と書いているが、このようなプルーストの態度は『楽しみと日々』から一貫している。「悔恨、時々に色を変える夢想」という『楽しみと日々』後半を占める三十篇の散文のエピグラフは、その堂々とした告白ではないかと考えられる。

 

「詩人の生き方は単純でなくてはならぬ。この上なくありふれた影響にも喜びを覚え、陽気さは一筋の日の光の果実、霊感を得るのに大気があればよく、陶酔を覚えるには水で充分というふうでなくてはならぬ」

エマソン*4

 

『楽しみと日々』を愛読していた山内義雄は、この「悔恨、時々に色を変える夢想」のいくつかを翻訳している。ここに敬意を込めて、私の特に好きな作品の書き出しを、私が通読した岩波文庫版の岩崎力訳とならべてみたい。書き出しの緊張感は充分に伝わるだろう。

 

「一 チュイルリー」

今朝チュイルリーの庭で、日の光は、通り過ぎる影にたちまち軽いまどろみから醒める金髪の少年のように、こもごもすべての石段で眠った。(岩崎力訳)*5

「テュイルリー」

けさ、テュイルリーの庭の中、太陽は、ふとした影の落ちるのにも忽ち假睡(うたたね)の夢やぶられる金髪の少年といつたやうに、石の階段(きざはし)の一つびとつのうへに輕い眠りを貪つてゐた。(山内義雄訳)*6

 

「二 ヴェルサイユ

たまさかの日の光にもはや暖をとるすべもなく力尽きた秋が、一つまた一つ、色を失っていく。(岩崎力訳)

ヴェルサイユ

衰へはてた秋は、今は稀にさす日射しにも暖めてもらへず、その彌果(いやはて)の色彩を一つ一つに失つて行く。(山内義雄訳)

 

「六」

野心は栄光よりも人を酔わせる。欲望はすべてを花と咲かせ、所有はすべてをしおらせる。(岩崎力訳)

「★」

野心は光榮よりも人を醉はす。希望はあらゆるものを花咲かせ、所有はあらゆるものを萎ませる。(山内義雄訳)

 

「八 聖遺物」

できれば友達になりたかったのに、ただの一瞬も私と話を交わすのに同意しなかった女性の持ち物で、売りに出されたものすべてを私は買い取った。(岩崎力訳)

「かたみ」

わたしはかつてその女(ひと)の友となりたいとねがひ、しかもただ一ときの語らひさへゆるされなかつたその女(ひと)の、持ち物すべての賣りに出されたのを手に入れた。(山内義雄訳)

 

「十九 田園を吹き渡る海の風」

庭を、小さな林の中を、そして野面を、風は狂ったように激しく徒らに吹き荒び、日光の一斉射撃を吹き散らし、最初降り注いだ雑木林の枝々を激しく揺さぶって日光を追い出し、きらきら光る藪まで追いかける。(岩崎力訳)

「野にそよぐ海風」

庭の中、小さな林の中、野面を越えて、風は、狂ほしい、そして甲斐ない力を傾けながら、しぶき注ぐ日の光を吹き散らさうとする。それは日の光が最初に降り注いだあの輪伐林の枝々を烈しく揺つて、今やそれがきらきら光つてゐる藪かげの方へ逐ひ立てようとしてゐるのだ。(山内義雄訳)

 

先日のプルースト精読講座*7では、講師で『失われた時を求めて』訳者でもある高遠弘美先生が、『楽しみと日々』を「(『失われた時を求めて』のための)周囲を巡っている、それぞれ光り輝く衛星群」と表現された。現在の私たちは、その天体図を眺めることのできる幸福な観測者である。『楽しみと日々』は、『失われた時を求めて』という存在なしには照らされることのなかった衛星かもしれないが、ただそこに描かれるものに想像力あるいは創造力をはたらかせ始めから最後まで言葉を渡り歩く愉しみは、どちらもそう変わらない。もっといえば、両方を知ることによって世界はより多彩になっていく。プルーストの文章は再読するたびに照射される角度が微妙に異ってくる。なぜなら、観測者が生き続ける限り、時間によって観測点が変化していくからだ。自分に飽きることが難しいように、プルーストの作品は飽きることと程遠いようだ。

*1:山内義雄『遠くにありて』1995年、講談社文芸文庫

*2:プルースト全集 別巻』1999年、筑摩書房

*3:同上

*4:プルースト岩崎力訳『楽しみと日々』2015年、岩波文庫

*5:同上(以下、岩崎訳は同書からの引用)

*6:山内義雄『フランス詩選』1964年、白水社(以下、山内訳は同書からの引用)

*7:NHKカルチャーによるオンライン講座「訳者とたのしむプルーストスワンの恋」」

選び取った現実に生きること──村上春樹『街とその不確かな壁』を読む

 村上春樹の小説には、「いったいこれはなんだろう」と呟かざるえない永遠の問いがいくつも散りばめられている。最新刊『街とその不確かな壁』もまた、これまでの作品と同様に、首を傾げてしまう難題が揃っている。読者は、それらの理解を求めていないようにみえる事柄に対して、どのように向き合うべきなのだろうか。そもそも、「ああ、すっかり理解できた」と思える物語なんて存在しないだろうが、少しでも近づこうとする努力は必要であるというのが私のひとつの指針である。

 『街とその不確かな壁』は「街と、その不確かな壁」という1980年に発表した中編小説を書き直したものである、と著者自身があとがきで詳らかにしている。ご本人が言う「それなりの年季を積んだ専業作家」、の一つの決着であると考えることができるだろう。しかし、村上春樹の長編小説を好んで読んできた私の第一印象は芳しくなく、総体的に言葉の力が弱まっているように思えてならない。実体のない言葉、とでも言えるだろうか。主人公の意思や行動のほうが光に照らされ、言葉が影になっているような気がするのである。そう感じるのは、私のほうに問題があるのかもしれないし、やはり何事も、簡単に、決めつけてはいけない。

 『猫を棄てる』『一人称単数』に連なるひとつの主題として、「〇〇であったかもしれない自分」という大きなテーマがあると思う。現在の自分は、偶然あるいは選択の結果であるという見方である。『街とその不確かな壁』の第二部の冒頭はこういった文章で始まる。

 

その川の流れが入り組んだ迷路となって、暗黒の地中深くを巡るのと同じように、私たちの現実もまた、私たちの内部でいくつもの道に枝分かれしながら進行しているように思える。いくつかの異なった現実が混じり合い、異なった選択肢が絡み合い、そこから総合体としての現実が──私たちが現実と見なしているものが──できあがる。

 

第一部の最後に、高い壁に囲まれた街で自分の影と決別した直後の文章である。ここから、街とは別のもう一つの「現実」が展開されていくのだが、読み進めていくと、 外の世界で「私」の代わりに「立派に」生きていたのは、主人公の影のほうだったという反転が生じていることが一応あきらかになる。そして最終の場面で、街に残ったほうの「私」は自分の影が生きる世界に復帰する決断をする。どちらが本体でどちらが影かという問題は登場人物らによって様々な形で提起され、そこに結論はない。

 自分が選んだ世界と、選ばなかった世界。その二つの世界、あるいは本体と影は、まったく別なものというより、互いに補完しあうような曖昧な関係にありそうだ。ある選択をすると、世界が微妙に変化する。時間が存在する世界では、絶えず「〇〇であったかもしれない自分」が発生している。そのような状態において、唯一、人間の記憶あるいは心は、それらの「かもしれない」を見つめることができる。 つまり、「現実」の自分は、膨大な「かもしれない」を抱えて生きているということになる。そう考えると、時間とともに変化しつづける個体が何十億と存在する世界=「現実」がいかに不確かなものかと感じられる。それでも、ひとつの意思というのは、ひとりの人間にとって、やはり尊重されるべきものであり、結果としての「現実」を閉ざさない可能性であるのかもしれないと思う。

 少しは、物語に近づけただろうか。